あの頃、サンドイッチは「ハレ」の食べ物だった
朝、駅に電車が滑り込む。電車の中は驚くほど密度が高く、駅のホームに並ぶ人たちを詰め込む余地などないように思われるが、不思議と人々を詰め込み、ドアは閉じ、再び走り出す。
車内は身動きなど取れぬほどの圧迫感であるが、不気味なほど静かで、モーターの音、車輪とレールの擦れる音だけが聞こえてくる。
駅に降りると、疲れ切った顔の人々が降りて行き、めいめい自分の会社に向かって歩き出す。誰であったか、「電車は可逆圧縮ではない、不可逆圧縮だ。少しずつ磨耗してゆくのさ」と口にしたのは。
そんな色のない白黒の世界の中に、鮮やかな集団が目「留まり、僕は足を止める。
続きを読む父は死に、三十路を超えてぼくは生き、そして母はWRXを買った
20代最後の年、父は死に、実家のローンが無くなり、そして祖母のボケは進行し、母はWRXを買ってぼくは三十路となった。
30歳になって変わったこととはあまりない、と感じるが、書き出してみると意外と移ろっている。久々会う友人に、「老けたな」と心の底からの本音を伝えると、「お前こそ」と返される。
年末、父が死んだ。20代最後の年に、喪主を担った。詳細は、別の機会に譲ろう。ただ、弟は「今日がプロポーブ記念日の予定だったのに」とぼやきながらアクセルを踏み込み、ロータリーエンジンは軽やかに吹き抜けた。葬儀当日、母は泣き、ぼくら兄弟は憑き物が落ちたかのような顔をしていた。久々に見る母は、ぼくの知る母より小さく、そして老けていた。
続きを読むあの頃、ぼくらの夏休みは永遠だった。
夏が終わる、という言葉が、昔ほどその重みを喪ったのはいつ頃だろうか。
かつてのぼくらの夏は、ほとんど永遠だった。梅雨が明け気温が上がり、お天道さまが威力を誇らしげに示すようになる頃、ぼくたちは蒸されるような体育館に集まる。怪我をしないように、健康に気をつけるように、体の悪いところを治すように。校長先生の長くつまらない話を終え、教室に戻ると、いよいよだ。通信簿、夏休みの宿題、そして図画工作の作品……そういったものが配られ、ランドセルに、手提げ袋に、めいめい詰め込めるだけ詰め込んで、学校を飛び出す。そうして、夏休みがやってくる。
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