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円城塔「シャッフル航法」の怖さと面白さ

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だいたいにおいて、小説っていうのは「分かりやすく書け」って言われるもんだ。
そんな中、読者に歩み寄ろうと全速力で向かってきてくれているだろう円城塔だけれども、こっちは二次元軸で存在していたのに、あっちが三次元で走っているもんだから、すっとすれ違って一瞬理解を掴んだと思ったら速攻置いて行かれるという感じ。

けれど、それがいいんだ。
とは言いつつ、シャッフル航法が収められている作品群は、これまでの円城作品と比べても、より理解しやすいものだと思う。 色々な味の円城塔が味わえるので、入門書としてはぴったりだ。本ブログの、下部「気に入った作品」は、作品の内容に踏み込んでいるので、未読の方には気をつけて頂きたい。

シャッフル航法 (NOVAコレクション)

気に入った作品

個人的に特に気に入ったのは、「Printable」「リスを実装する」「(Atlas)3」これらがトップスリー。「Beaver Weaver」も素晴らしいんだけど、好みという点では先の三編。

表題作の「シャッフル航法」について。こちらは、見開きの作品が順番に文節ごとにシャッフルされていき、また折り返して戻ってくるというもの。順番にシャッフルされるから、ばらばらにされた言葉からも意味が何となく読み取れるような気がしてしまうし、時々違う意味を見出し掛かったり見出さなかったりする。
意味が分からない?書いている僕も意味が分からないから是非読んでみて欲しい。
どこかの円城氏の作品の中でも、上記のようなランダム性の中からの物語が析出するみたいな、そういうことが書かれていた気がする。試みとしては面白いんだけど、実験作過ぎてピーキーだよね。

「Beaver Weaver」は、ハードSFと言っていいんだろうか。いい加減なハードSF。高田純次が思い浮かぶ。
例えば光速のような、物理法則の限界を超えるために、情報的な世界を構築して定義の方を書き換えてしまったような世界。そういう世界に移行したら、途端戦争に巻き込まれた。避けることのできない攻撃を避けるために、上位理論を構築して世界を独立させて論破するだとか、そういうとんでもない世界でのお話。
ここまでは良かったんだけど、夢の中の夢から自分が知らない物事を引っ張り出してくるとか、その辺りのお話になったところで振り落とされてしまった私。
割とストーリーにのっとって構成がカチっと切られているので、理解がおっつかないと少し歯がゆい。

と、誰か解説くれていないかなあ、とネットサーフィンしていたらこちらの記事が見つかりまして、すこっと腑に落ちました。二度読みしたけど、うん、面白い。

「(Atlas)3」。こちらもなかなかユニーク。殺され続ける"僕"は、殺された"僕"の葬式を眺め、そして同僚から自己同一性一式の包みを受け取る。
僕の理解では、その世界では客観性による一貫性が喪われ、各々の主観フィールドが連続して展開している。そうすると、主観の間での齟私は勿論発生しうる。"世界像とは体験の様式"と作品中にはあるが、各々の人物達がもつ主観がおおよその世界を張っていて、細かいところは各個人の主観に委ねられているのだろう。
その世界では別の「自分」を見つけることもあるようだが、主人公は別の「自分」が殺されていることを目撃する。メイン(主流)の"僕"と、今"僕"。自分は支流であったことを認識する。多数の主観は主流の"僕"を"僕"と認識しているから「"僕”は死んだ」ことになり、一方で主人公たる"僕"は別の主観を生きている。
なんともややこしい。 ただ、この作品を読んでいると、自分というものの存在の確からしさだなんて、自分ですらわかんねーんだよ、というのを言われている気がする。もしかしたら、事情を知って理解のある、近しい友人の方が自分のことをよく理解しているのかもしれない。

「リスを実装する」。これは淡々と進むし分かりやすい作品。リスの実装(プログラムでリスつくること)の話が進み、時折主人公の身の上話が差し込まれる。
しかし、リスの話を読んでいるなか、段々と寒気を覚える。この、背景のない最低限の機能だけ持たされたリスと、背景の薄っぺらな主人公。もしかして主人公も……とホラー的に感じる。明示はされない。だって、それは野暮だから。このブログは野暮で大変申し訳無い。

「Printable」は、入り組んでいるけど、直球のハードSF……だと思う。何かもが印刷可能になり、最後には人間すら印刷できるようになった時代。印刷機がより巨大な印刷機を印刷することもできる。そんな世界のなかで、オリジナルとはなんだろうか。 印刷人間は、人権を認められていないそうだ。 人間がいて、そいつをコピーして印刷したとする。そのオリジナルを殺した場合……コピーされた印刷人間と、オリジナルのない印刷人間は、前者は人間扱いされてしまう。何故か。そんなものは、背景の違いにしか違わず、存在としては同等なはずなのに。
短篇で描かれるには勿体ない世界感の広がりと、問題提起。それを、この短い短篇で書き上げてしまっているこの事実に、戦慄。

ということで

上記の「(Atlas)3」「リスを実装する」「Printable」は、この順番で収録されている。自分という存在の曖昧さなどを、畳みかけられているかのように感じ、読み終えた後満たされたような、何か大切な芯を落っことしてはいないか、不安になる。まるでホラー。

独立した作品としても、短篇集としても良く考えられて良くできている作品だと僕は思う。