立て直せ、人生。

人生行き当たりばったりなアラサーが、無事にアラフィフになれるように頑張らないブログ

男だって痴漢されるのは怖い

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「男にはわかんないよ、この怖さ」そんな寂しい言葉をもらってから10年ほどが経つ。「男にはワカンナイ」がわかる日の訪れ。

電車で痴漢された。ぼくがまだ新入社員のころだ。というか1日目だった。着慣れぬスーツで身をまとい、電車が到着するとドアの上部を掴んでケツで押す。人体は肉から成り、柔らかいから押せば退く。満員電車に圧倒されて、2本ほど見送っていたぼくは必死だった。

乗り込んで一息ついていると、身体の密着が気になった。右サイドにセーラー服に身を包んだガール。後ろに髪を束ねてアップにしており、電車の揺れに合わせてぼくの鼻をくすぐる。左に顔を背けると、白いスーツのおねいさま。そして近い。白ねいさまのうなじに、ぼくの鼻息が当たらんとす。これほどまでに女性たちと密着する機会はそうはない。これは危険だと本能が喚く。

大変に勉強熱心なぼくは、社会で生きてゆくための術を敢行。カバンを足で挟み、両手を挙げて吊革をつかんだ。ぼくは安堵した。電車が揺れると、つり革に恵まれなかった者たちのうめき声がそこかしこから聞こえた。ぼくは微動だにしなかった。

そうしているうちにぼくは異変に気付いた。膝の後ろあたりをさすり上げる、上下運動がぼくを襲っていたのだ。

はじめは電車の揺れだと思った。しかし、上下運動は、電車の揺れとは同期せずぼくの膝の裏側やふくらはぎを撫で上げていた。ぼくはつり革から手を外して当たるものを確認した。誰かの膝が上下していた。確認ののち、速度が速まった。

ぼくの中に、一つの考えが去来した。エロ漫画で見たやつだ。美人のOLにトイレに連れ込まれるやつだ。ぼくは期待に胸「とか」を膨らませながら振り返った。そこにはおっさんがあった。白髪で、綺麗に髪の毛を整え、どこかの取締役と言われても不思議でない落ち着きを伴った容姿。目があって気まずくて、顔を正面に戻す。セーラーガールのポニーテールアタックを受け流す。そして伝わる、背中の感触。

左の肩甲骨を下から上に撫であげ、そして脇に手を差し入れる。胸を揉まれるかと思ったらすっと戻され、肩から腰の辺りまでゆっくりと撫でられる。ダ・カーポ。繰り返し。それはあまりに丁寧で、指の動きを感じることができるほどだ。

ぼくは改めて振り返る。白髪の紳士は顔を背ける。そして激しくなる手の動き。ぼくは確信した。この人痴漢です!

それでも、声に出すことは出来なかった。次の駅までの15分弱、身体を蹂躙されるしかなかった。だってそうだろう?「ふくよか」を大幅に通り越した、ワガママボディの男が「痴漢」と叫んだところで、誰が信じられるだろう?

次の駅につく直前に、全ての動きは止んだ。白髪の男の人は、ぼくに目を合わせようともせず出て行った。そして入れ替わるように入ってくる老人たちの群れ。「なんで今日こんなに混んでんだ?」「新入社員だーよ」「めでたい、新入社員にカンパーイ!」カシュッゴツンっゴクゴクッ。

「初出社はどうだった?」

初出社を終えたぼくらに、人事は尋ねた。めいめいの思いを答える最中、ぼくは「東京ってすごいんですね」と今朝の事件を伝えた。人事は眉間に皺を寄せた。

「や、きみだけだからそれ」

ぼくは思う。男の敵女の敵、人間の敵哺乳類の敵、そんな区別なんてのは意味のないことだ。自分にとって敵か味方か。自分の裡に問いかけ、判断するしかない。場合によっては白か黒か判然とせず、悩むことだってある。

「きみはスーパーマンなのかい?何もできないくせに」そう揶揄する人もいる。不完全なスーパーマンで結構。ぼくはぼくの考えで、世界を守るのだ。

(怪しげな動きをする男と制服ガールの間に身体を差し込んだら、ガールと密着しすぎて怪訝な目線を送られた悲しみがきっかけに書かれたものである)