読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

立て直せ、人生。

人生行き当たりばったりなアラサーが、無事にアラフィフになれるように頑張らないブログ

初夏の陽気はぼくを惑わす

スポンサーリンク

昼休みにビルを出ると、太陽がぼくを照らした。春を抜けて初夏すら感じるその太陽光線に、ぼくは溶かされてしまうのではないか?と危機感を覚えた。

子供のころ、冬が嫌いだった。なぜならば、寒くて外で遊べないからだ。雪はあまり降らないくせに、寒くなるぼくの地元。春夏秋と子供の声に満ちた公園は、冬になると途端静まり返る。

ぼくは、そんな静まり返った公園が嫌いだった。公園は、いつでも誰かがいるべき場所である必要があった。誰かと約束しているわけでなくとも、自転車に乗り込んで公園へ駆けつければ、誰かと会える。そういう場所である必要があった。そして、公園は冬以外、そのような場所としてそこに在った。

だからだろうか、こんなにも「ひとり」を恐れるようになったのは。大学時代も部室をベースキャンプにして、いつ行っても誰かと会えるような環境に身を置いていた。昼間に行けばレポート疲れした友人が寝転がっていたし、夜に行くとゲームをしていたり電子工作をしていたりレポートをしていたり、めいめい思い思いの行動をしていた。

気心しれた友人がそばにいる、それだけで落ち着いたし、そういう環境が当たり前だと考えていた。

だから、社会人になってからの孤独というものに、僕は面食らった。大学であれば、研究室に、部室に誰かがいた。土日は問わなかったし、いなければメール一本で皆が集まった。

けれど、社会人はそうではない。誰かと集まるためには理由が要るし、事前の調整というものが必要なのだ。人と会うというコストの高さを知った。ひとり暮らしが始まったんだと、実家を出て8年目に思い知らされた。

アスファルトの照り返しを受けながら、弁当屋にまで向かう途中、ぼくは思う。こんなに天気がよいのに、いったい何をしているんだろうと。弁当を受けとり、オフィスに戻る道すがら、夢想する。このまま電車に乗り込み、海を目指して日本海側に出る。テトラポットの上にのぼり、缶ビールを片手にスーツのまま海を眺めるのだ。もしかしたら、同じように学校をサボった女子高生が、「おっさん何やってるの?」と声をかけるかもしれない。

いつの間にか駅に向かっていた歩みを止めた。はは、と僕は苦笑した。最後の女子高生の妄想が、ぼくを現実に引き戻したのだ。

息を吐いてオフィスへと歩みを進める。ありがとう、名も知らぬぼくのなかの女子高生。君のおかげで今日もぼくは社会人を続けられたのだ。席に戻り、ぼくはこのエントリを書きあげて、少し冷めてしまった弁当を食した。

(昼休み15分ライティング)