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立て直せ、人生。

人生行き当たりばったりなアラサーが、無事にアラフィフになれるように頑張らないブログ

奇妙な味わいのエッセイ集、あるいは妄想集。岸本佐知子「なんらかの事情」

レビュー

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なんらかの事情 (ちくま文庫)

エッセイか、妄想か、ショートショートか?

些細な日常のワンシーンから、妄想によって拡がる岸本ワールドに飲み込まれるこの本。どこまでが現実で、どこからが妄想かが判然としない独特な作品が、たったの3ページ分の文章で次々と繰り広げられて行く。

氏の魔法に掛かると、何気ない日常の風景が、不思議な世界へと書き換えられて行く。「どこに連れて行かれるか分からない」という感覚は、ほかの本では味わえない読書体験だ。

作品概要

エッセイ集として

講談社エッセイ賞を受賞したエッセイ集「ねにもつタイプ」に続いて出された、岸本佐知子氏のエッセイ集。岸本氏は編集者、翻訳者として有名だ。 雑誌に連載していたのが本にまとまれば、「はい、もう終わり」と言われるものと思っていたが、言われなかったからもう一冊分溜まってしまって本が出た、とは岸本さんらしい主張である*1

奇妙な味わいの氏のエッセイは、川上弘美、小川洋子、北村薫なども愛読者として持つそうだ*2

ふんわりとした、日常を妄想で書き換える作品たち

日常の中での何気ないシーンを、岸本氏の独特の感性と妄想で世界が拡がって行くさまは、ふんわりとしていて心地が良い。何気ない見慣れた日常の、普段は伺うことのできない側面を岸本氏は魅せてくれる。

喉のあたりの違和感から、病院で胃カメラを飲む。そのとき、きれいな胃の中を目撃し、居心地の良い部屋のようだと、胃の中で生活する妄想をする 「遺言状」 。 ジャム作り用の瓶が溜まってしまったので、処分しようとするが、瓶が命乞いをしたり、空き瓶の最長老の「うに」の瓶が王たる岸本氏に「考え直して下され」と進言する 「瓶記」。 「ガソリンが、なくなりそうです」と車が喋ったことから始まり、人間の身体がものを喋ったら便利じゃないだろうか?と妄想が拡がる 「物言う物」

少しダークな味わいの作品たち

一方で、懐かしノスタルジーのエッセイかと思ったらホラーで落とされてしまう作品があったりもする。

ブースカの着ぐるみの思い出話から、着ぐるみ専門の養成キャンプのホラーじみた幕引きをする 「着ぐるみフォビア」 。スキーの想い出から自分の存在に思い至る 「スキーの記憶」

読み終わったあとの居心地の悪さを追求した、「居心地の悪い部屋」 を編訳した岸本氏のダーク?な一面が垣間見える。

rebuild-life.hatenablog.jp

全体を通して

非常に読む人を選ぶ作品だと思うのだけれど、ツボにはまるに人にはこれ以上のない名著になるのではないか。悩んでいるときに読むと、自分の悩みがバカらしくなって気が楽になる、そんな効果もある。疲れていても、短い作品達なのでサクサクと読み進められる。

また、各作品にはひとつずつクラフトエヴィング商會による挿絵が添えられている(表紙デザインも)。そのシュールな絵柄は、岸本ワールドにぴったりだ。

さいごに

短い作品の集まりであるので、細切れの空き時間のある通勤時間に最適だろう、とこの本を買った。

それは成功で失敗だった。

ほんの少しの時間でも読めるのであるが、その独特の岸本ワールドに囚われてしまい、次々とページを繰ってしまう。気づくと、すぐに読み終わってしまっていた。皮肉的でもなく、ネタっぽくもなく、シームレスに妄想の世界に旅立って現実とが曖昧模糊としている「岸本ワールド」。これは、一度味わう価値がある。

なんらかの事情 (ちくま文庫)

なんらかの事情 (ちくま文庫)

*1:あとがきより

*2:「担当編集者は知っている」 http://www.1101.com/editor/2007-04-24.html - ほぼ日刊イトイ新聞