立て直せ、人生。

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奥野ビルの手動式エレベーターとぼくのエレベーター恐怖症

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ぼくとエレベーター

子供のころから、エレベーターに乗るのが怖い。

怖い、と言っても一切合切身体が受けうけなくて乗れないだとか、じんましんが出るだとか、そういったことはない。閉所恐怖症でもない。だから、日常生活には何も支障はない。

ただ、時折ふっと考えてしまうことがあるのだ。単なる鉄の箱に乗って、ワイヤーにつるされたぼくは一体、どういう状況なのだろうかと。

エスカレーターは、ワイヤーで繋がれている。それはしなやかさを持った紐のようなものだ。紐につるされた箱。押せば揺れるし、戻ってくる。とすれば、もし、エレベーターシャフトのなかになければ、風に揺られてぶーらぶら、という塩梅ではなかろうか。それはこわい。

夢でよく見るのは、エレベーターシャフトを超えた更に上側にエレベーターが行ってしまう夢だ。ちーん、ガラガラっとドアが開くと、見渡せる街並み。そこでひゅんっと落ちる。奇しくもディズニーシーにできたタワーオブテラーと状況は酷似している。ぼくはいう。ほらみろ!エレベーターはあんなにも危ないんだ!

もう一つ考えてしまうことがある。なぜエレベーターは上下方向にしか動かないと皆信じ込んでいるのだろうか?と。左右に動いたっておかしくない。いつの間にか横移動を始め、山々を見下ろすような状況にだってなるかもしれない。吊るすワイヤーは一本で、それこそグラグラ揺れる。ぼくらの見えないところで、奴らは何をするかはわからない。ここまで考えて、エレベーターとロープウェイの違いは何だっけ?と首をひねる。

ぼくと奥野ビル

東京には、「奥野ビル」というレトロなビルがある。1932年に建てられたこのビルは、当時高級アパートメントとして名を馳せたそうだ。今、このビルは銀座のなかで当時のかおりを残す、非常に貴重な存在だ。貸しギャラリーや事務所などが収めるこのビルは、東京メトロ有楽町線・銀座一丁目駅で、10番出口を出たら目の前にある。

そして、奥野ビルには特筆すべき点がある。それは、銀座最古の手動式エレベーターが存在することだ。

以前、奥野ビルに行ったとき、ぼくは自分のなかのエレベーター恐怖症が喚き立てると考えた。なぜならば、80年以上前の、しかもドアを手動で開け閉めするような原始的な機械に自分の身を押し込めるのだ!

ぼくは自分の恐怖がどのように喚き立てるのかと興味津々でエレベータに乗り込んだ。

乗り込み、ドアを閉める。少し戸惑うと、友人が助けてくれた。ガタガタと音を立てて動き出す。一つ上の買いに行く。和服を着た綺麗な女性が乗り込み、慣れた手つきでドアを閉める。ギャラリーの人だろうか?

何事もなくエレベーターは止まり、何事もなくぼくらはおりる。恐怖もなかった。ぼくは振り返り、ぼんやりとエレベーターをみた。また、ガタガタと音を立てて次の仕事へと向かう。その様子は、どこかコミカルで、有機的な可愛らしさすら覚える。

良い、とぼくは思った。時折ぼくにトラウマを植え付けたエレベーターのなかにも、これほどにも魅力的なものがあるだとぼくは知った。

友人に話した。友人は笑った。

「レトロ趣味の君が、レトロ機械にほれただけでしょそれ」

それだけなのだろうか?ぼくは少し考えた。レトロエレベーターは、その機構をあけっぴろげにぼくたちに見せる。どのように自分が仕事して、どのように作用するのか?を隠し立てしない。ともすれば、ぼくたちにその仕事を手伝わせようとすらする。

そのようなところからも、安心感を覚えるのではなかろうか。

昨今、様々な機械に溢れている。車やテレビ、このブログを書いている掌の上のスマホ。どれも複雑奇怪であり、どのように動いているのかなんていうのは、専門家でないと分からない。それはきっと、誰かにとっては恐怖だ。ぼくにとってのエレベーターと同じように。それは、政治や世の中の動きもおなじだ。

様々なものが複雑に絡み合って覆い隠され、見えない向こう側へ追いやることだけ執着が過ぎていると感じる。機械が、物事が、どのように動いているのか?と真摯に向き合える、そんな社会になれると良いなとぼくは思う。