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立て直せ、人生。

人生行き当たりばったりなアラサーが、無事にアラフィフになれるように頑張らないブログ

夢はきっと叶う、世界はきっと変えられる。愛すべき「ズートピア」感想とレビューと考察と

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ズートピアを観た。端的に言おう。

なるべく良い音響で、でかいスクリーンの劇場で、観るべき超良作だ。

「ズートピア」は、動物たちが人間のように暮らすハイテク都市。誰もが願いを叶えることができるという。 さまざまな動物たちが共に暮らすこの街に、危機が訪れる。

ズートピア初のウサギの警察官「ジュディ」は、夢に破れたキツネの詐欺師「ニック」を相棒として、街の危機に挑む。

諦めない夢は、きっと叶う。

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人間社会を、動物たちでテンポ良くコミカルに表現しつつ、夢を叶える障壁となる「差別・偏見」について鮮やかに描き出す本作品は、傑作と言えるだろう。

動物たちの特徴をうまく使い、人間社会での日常の中にある差別心を戯画化してスクリーンに射影する。滑稽な動物たちの行動に、観客はクスリと笑う。けれど、この時点で制作者の思うつぼだ。動物たちの特徴的な面白おかしい振る舞いを笑ってしまったのちに、それは差別なのではないか、と暗に問いかけてくるのだ。

実に巧妙なつくりなのである。

この作品は、大人と子供が一緒に観られる作品、という枠を越えている。子供の頃にみたときと、大きくなってから観たときとで、きっと受ける印象が違うだろう。

動物たちの理想の都市「ズートピア」は、人間社会の鏡だ。理想郷に見えたって、夢が叶うと言われていたって、様々なところに障害は潜んでいる。それほど世界は良くできていないのだ。そして、変えるのは、夢を抱くぼくたちなのだ。

以下、ネタバレを含みます

脚本の構成の妙 —脚本術の観点から

この作品の構成にて、特筆すべき点は「肉食動物」と「草食動物」との差別描写のバランスの良さだ。 その完璧なまでの美しさに、ぼくは劇場で感激すら覚えた。ここからは少し、その点について踏み込んでお話したい。

なお以下の文章は、三幕構成をベースに脚本に対する考察と感想を述べる。

三幕構成とは、映画脚本の理論であり、シド・フィールドによって体系化された。幕と幕との間はターニングポイントと呼ばれるポイントが設定されており、そこでストーリーが大きく動いたり、状況ががらりと変わったりする。

また、物語りの真ん中には、ミッド・ポイントと呼ばれる物が存在し、前半と後半とを切り分ける。例えば、前半で主人公が徐々に上り詰めて絶好調になったとしたら、そこを境に下り坂となってゆく。

簡単に整理すると次のようになるだろうか。なお、ブレイク・シュナイダー著「SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術」、並びに三宅隆太著「スクリプトドクターの脚本教室・初級編」を参考にしている。

  • セットアップ(世界観、キャラクタ性の提示。第一幕)
  • ファーストターニングポイント(古い世界から新しい世界へ、物語が動き出す。第二幕へ)
  • ミッドポイント(ここで主人公たちは絶好調)
  • 全てを失う(絶好調だった場合、主人公達はどん底へ)
  • セカンドターニングポイント(解決策の発見!第三幕へ)
  • フィナーレ(本当に変化が起きたことを示す、オープニング部とは対となる)

SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術

SAVE THE CATの法則 本当に売れる脚本術

スクリプトドクターの脚本教室・初級篇

スクリプトドクターの脚本教室・初級篇

なお、本エントリの以下のパートを読む際には、わたしは脚本家でも無い、ただの素人の物好きだという点を留意して頂きたい。

草食動物への差別

まず、前半に草食動物の差別が描かれる。そして、同時にニックとの出会いが描かれる。

ジュディは警官になっても駐禁の切符切りを命じられるし、カワウソの「オッタートン」失踪事件を48時間以内に解決しないとクビだと言われる。捜査の協力を求められたキツネの「ニック」も、ずる賢いやり方でジュディを困らせる。

当初、ジュディのことをバカにしていたニック。しかし、ジュディが警察署長のボゴから差別され冷遇されているのを目の当たりにし、ニックから失踪事件の調査への協力を申し出る。ここが3幕構成でのファースト・ターニングポイントだろう。そして、1幕が終わり、2幕へ。

ニックは自分の過去をジュディに明かす。それは、草食動物への差別と偏見の裏写しのような、肉食動物への偏見であった。

そう、差別はどちらにもあった。そんな、互いに差別し合っていた異なる種族の2匹が、手を取り合い協力してカワウソ「オッタートン」の失踪事件を解決するのだ(おそらく、ここがミッドポイント)。

二人のこのエピソードは、肉食動物と草食動物との関係の可能性を提示しているのだ。肉食と草食とだって、手を取り合い信頼関係を結ぶことはできるのだと。

しかし、次に進む物語によって、現実の厳しさを突きつける。ジュディとニックの関係は崩れてしまうし、街は猜疑心で満たされる。

すべてを失うジュディ

事件を解決した記者会見。はじめ、不安を抱くジュディに、ニックはアドバイスをし、時に手助けをする。それは、失踪事件を解決する中で築かれた信頼関係を端的に示す、微笑ましいシーンだ。

進む記者会見。ジュディは、自分の言葉でこう語る。「肉食動物たちは、潜在的に凶暴なのだ」。ニックはそれを聞いて深く失望する。そして、記者会見を終えたジュディに、「肉食動物のぼくが怖いのか?」と問う。「あなたは別よ」と応えるジュディ。しかし、その振る舞いは、ニックの問いかけを肯定しているようにしか映らない。

そう、ジュディも肉食動物に対して潜在的に差別意識を持っていたのだ。だからこそ、両親に渡され「そんなものは必要ない」と言っていた対キツネ用スプレーを、ホルダーに持ち続けていた。「差別を受けた過去」がきっかけで深い仲になった二人は、仲間内での「差別」によって決裂してしまうのだ。

ニックにとって、とてもショックな出来事だ。差別で苦しみ、努力で打ち勝ってきた過去を持つ差別への対抗のシンボル的存在。苦しみを共有し、共に事件を解決した相棒。そんなジュディに、偏見を向けられるのは、何よりもつらいはずだ。

しかし一方で、物語冒頭ではジュディのことを、ニック自身も馬鹿にしていた。だから、これはおあいこなのだ。差別と偏見に苦しみ憎んだ二人にだって、その気持ちが少なからず根付いている。

この、バランス感覚、そして対比構造は美しいとすら感じる。

入れ替わる、差別される立場

そして、肉食動物と草食動物の立場の優勢具合が、がらりと入れ替わる。物語開始時点は肉食動物優勢だったのが、その勢力が反転し、草食動物が優勢となる。

ニックとジュディの決裂と同時に世論が一斉に動く。肉食動物へのバッシング、偏見―― ジュディは「街を守るために警官になったのに、逆に壊してしまった」と意気消沈する。「夢を叶えたのに、守るべき街を壊してしまった」という痛々しい事実は、「夢はきっとかなう」というメッセージに対しても疑問を投げかける。そして、ジュディは夢破れ、地元に帰ってしまう(おそらくここが第2幕の後半「全てを失って」だろう)。

地元で意気消沈しニンジンを売るジュディ。そんななか、子供の頃に仲違いしたキツネと再会する。偏見で満ち溢れていた彼は、心を入れ替えてジュディにかつての非礼を詫びた。それには、夢を追い続け偏見を跳ね返し、一度は夢を叶えたジュディの影響も少なからずあるのだ。

そう、世界は変えられる。人の考え、行動を変えれば、世界は良くなるのだ。世界は変えられる、そんな希望が示唆されるなか、事件の真相の手がかりとなるものにジュディは気づく。そしてその情報を元に、再びズートピアへと舞い戻り、第2幕は終わり、最後の第3幕へと物語は移る。おそらく、ここがセカンド・ターニングポイント。そして第3幕が開く。

ご都合主義だって?そのとおり。でも、これまで苦しんできたジュディに、それくらい運の女神が微笑んだっていいだろうってぼくは思う。女神の手助けに気づけるような努力を、彼女はしていたんだから。

第3幕、そしてフィナーレ

あとは、ジュディとニックの活躍を観るだけだ。バディもの脚本としても、生き生きとしていて、アクションもキレッキレだ。

ニックが銃で薬を打ち込まれて理性を失ったかのような演技をして、ジュディの首に噛みつく。けれど、それは完全に「演技」。迫真のそれであったが、ジュディは完全にニックに身体を預けて恐れもしない。

第2幕でニックに嚇かされたときに、構えてしまったジュディとは対になる表現だ。完全にここまで伏線を拾ってくる。憎い脚本ではないか。

そして、手を取り合って、肉食動物の悪者(市長)と草食動物の悪者(副市長)をやりこめた二人。仲良くバディとして警察官として街を守るフィナーレへと向かう。

そして、最後まで忘れない丁寧な仕事。途中、観客にゲラゲラ笑われたであろう、「最速のナマケモノ」は、本当に車で最速のスピード狂だったのだ。ここまでくると、どこまで深読みすれば良いのか分からないが、私は「人には思いもしない意外な側面があるんだよ」っていうのを示したのだろうと受け取った。

さいごに

柄にも無く、興奮してしまった映画だ。

ここまで脚本の美しさを延々と語ってきたが、単純にこの作品は面白い。ジュディが可愛い。ニックが魅力的だ。ジュディはニックの嫁で、ニックがジュディの上にもっふりと顔を載せたシーンなどは、ぼくは萌え死ぬかと思った。

ウサギはずるいのだ。キツネも同じだ。これらが合わさったら反則だ。ワンダースリーだってウサギのトッコ隊長は犯罪的な可愛さだった。正義を体現する、小さな動物ウサギは、もう、なんだ、魅力そのものだ。返せぼくの些細な理性。ごめん返さなくていい、うさぎかわいい。

2Dでこれだけ素晴らしいズートピア、4DXはガルパン4DXしか経験をしていないけど、こいつも4DXが無くなってしまう前に行くしか無い。行かねば。

#ズートピアはいいぞ

参考記事

本エントリにおいては、一切の事前情報を無しに視聴した感想と考察を書いた。 以下に紹介するエントリでは、この作品がいかに創られていったか?が紹介されている。

スケジュールぎりぎりでの主人公の交代劇、迫るスケジュール……。まさに、現場もTry Everything という状態だったのがわかる。作品と制作者、制作現場がまさに一体となった奇跡の作品ではないか、ぼくはそう思った。

差別と偏見よりも、主人公達の前向きさを打ち出して創られた作品。だからこそ、説教臭くなく、よいバランスで作品が成立したのだろうとも考えられる。

proxia.hateblo.jp