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立て直せ、人生。

人生行き当たりばったりなアラサーが、無事にアラフィフになれるように頑張らないブログ

書籍ドラッグ「月世界小説」(牧野修)の酩酊感がすごい。レビュー・感想

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本でしか表現できない、味わえないこの快楽。まさに書籍ドラッグ。

ジェットコースターのように次から次へと繰り広げられる言葉の洪水に、ぼくは飲まれた。

月世界小説 (ハヤカワ文庫JA)

友人とゲイパレードを観にきていた青年「菱屋修介」。晴れ渡る晴天のもと、アポカリプティックサウンドが鳴り響き、天使が舞い降りるのをみた。

そうして世界は終わりを告げる。

惨劇が繰り広げられ、菱屋は妄想の世界に飛び込む。彼はそこで戦闘服を着た男を見つける。乱暴に腕を掴まれながらこう言われる。

「月世界にようこそ」

敵は神だ。多数の言語が無数の妄想世界を生み出した宇宙。それを統一しようとする神と、言語を武器に戦う人間。人間たちは自分たちの世界を、自分たちの存在を守ることができるのか——

そして舞台は平行世界へと移る。そこは1975年、アメリカに占領された歴史のニホン。私たちが住む日本と同じようで違う。学生運動はアメリカからの列島独立運動だし、よど号ハイジャック事件は、アメリカ本土へのテロ行為だった。そして、一番の違い。それは公用語が英語となり、ニホン語はその存在の形跡すら失せていた。

ぼくはこれまで、このような本を読んだことがなかった。読み終えたときは、謎の高揚感、酩酊感を覚えた。そして、同時にこのような期分になる本が合法的に読めることに感謝した。

そう、この本はまさに合法の「書籍ドラッグ」なのだ。

ご注意!以下はネタバレありの感想です!

この作品の魅力(ネタバレあり)

後半:文章ドラッグでの酩酊感

この作品の魅力は、まずもってその破天荒さあるだろう。物語の後半は、本でしかなし得ない表現で、息をつく暇もない言語戦が次々と繰り広げられる。

たとえば、「脚注弾」。これは、相手に打ち込みでたらめな設定を上書きすることにより、「現実」の設定を上書きする攻撃だ。「落丁爆弾ミッシング・ページ・ボム」。これは落丁させて、展開をすっ飛ばす攻撃。

「我々は物語る。物語ることでヤツらから勝利を得る。そのためによりよい物語を続けなければならない」

[現状を小説化ノベライズする]

くらくらとするような、突拍子もない設定が次々と繰り出され、疾走感のある文章と相まって捲るページが止まらない。置いて行かれないように集中するほど、文字列から成る世界が読者の周りに立ち上がり、ぼくらもこの「月世界小説」のなかに没入してゆく。

前半:地に足のついた異世界

むろん、この本は上記に挙げた後半部分の言語戦だけじゃない。そこに至るまでに描かれる2つの世界の描写も圧倒的説得力を持ち、進む物語に引き込まれて行く。ここだけ切り出しても、一つのエンタメ作品になるだろう。

本作品では、大きくわけて3つの世界がある。2014年に「菱屋」がゲイパレードを観ていた世界。その「菱屋」が逃げ込んだ「月世界」。そして、1975年にアメリカの統治下にあり、ニホン語が忘れ去られた世界。 物語の中心は、「月世界」と「日本語が忘れ去られた世界」が平行して進む。

「月世界」については、少々現実離れしたグロテスクな世界観だ。月では、常に何かと戦っていて、菱屋はその世界で戦闘員として戦うことになる。生き物じみた機械に乗り込み、敵と対峙する。陰鬱で現実世界のグロテスクなところを数倍に濃厚にして描写されたような趣だが、その奇特な世界観にくらくらしつつも、少しずつこの本の物語の核心が明らかになってゆく流れは見事だ。

「ニホンの世界」については、ヒッシャーとワクート二人の学生の物語だ。ヒッシャーは言語学を学ぶ学生であり、失われた「ニホン語」の存在に気づき、それを調べ事件に巻き込まれて行く。ワクートは、学生の活動家だ。ニホンの独立運動を繰り広げるなか、「ニホン語」の存在とその力を知る。「ニホン語」で繫がった二人は、公安じみた存在に目を付けられ、事件に巻き込まれて行く。

「ニホンの世界」の魅力的な点は、現実世界との差分だ。よど号ハイジャック事件、ユリ・ゲラ—、学生運動、オイルショック……。1970年代年当時の日本の様子がリアルに描かれるが、どれも実際のものと異なっている。そして、それらの違和感は全てこの作品のストーリーに根ざしている。

異世界もの、現実と少し異なる平行世界もの、終末もの。そしてそれらを包み込む「言語」。そして解説にもあるように、きっと「狂気」もテーマなのだ。どちらが狂っているのか?本を読み進めるにつれて心地よい混乱に誘われてゆく。

感想

とにかく、読んでいて興奮する。様々な違和感や異様な描写が、全て収束してゆくその様は快楽にも似た、知的な興奮を覚える。 読み終えるのが勿体ないと感じた。非常用漢字が多く見受けられ、初めは「固い文体なのかしら」と感じたが、そんなことはなく、その文字遣い言葉運びが、上記に挙げたような世界を効果的に演出する。

テンポ良く描かれるシーン、そして歯切れ良い文体。リズミカルに進み、徐々に明らかになって行く謎まみれの世界観。ページを繰る手が止まらない一方、この本を読み終えるのが惜しかった。 そして、最後の「山田正紀」氏が書いた解説も、なかなか濃厚だ。この本を読み終えたあと現実世界に戻ってくるためには、これくらいの濃度の解説でないと、と感じる。

なお、氏は「神狩り」という神をテーマに扱った作品を書いているとのこと。この作品は氏の「神狩り」を彷彿とさせるとのことで、近々読んでみたいと思う。 なお、私は世界の差分を描いてゆくその手法は、ウィリアム・ギブスン/ブルース・スターリング 共著の「ディファレンスエンジン」を思い出したし、言語SFという部分については円城塔氏を連想した。

ともかく、SFという枠を越えて、小説として一級品に違いない。『SFが読みたい!』で発表された2015年のベストSFの2位に輝く理由も頷ける。

www.hayakawa-online.co.jp

是非、皆さんにもこの読書体験を味わって欲しい。

月世界小説 (ハヤカワ文庫JA)

月世界小説 (ハヤカワ文庫JA)