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色とりどりの短編小説集「中島らも 短篇小説コレクション 美しい手」感想/レビュー

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この作品集は、テーマが「中島らも」だ。叙情的な作品からホラー、ナンセンスギャグ、「あの頃」の懐かしいお話——様々なものが詰まっているが、どれもこれも確かに「中島らも」なのだ。

中島らも短篇小説コレクション: 美しい手 (ちくま文庫)

叙情的な「らも」

美しいすべての手は哀しい。

短篇集の一作目から、こんな書き出しである。

これら、美しい手が、かつて掴みそこなったものたち。

時折差し込まれる、ドキッとするような、美しい言葉の列。 表題作「美しい手」。映画好きな「僕」が三本立ての映画を観るためにチケットを買うとき、半円形の窓口から差し出される。その、白い花車きゃしゃな手の思い出話が、淡く美しく描き出される。

「美しい手」と「“青”を売るお店」は未発表作品、この短篇集で初めての収録だ。「“青”を売るお店」も「美しい手」に負けない出来。とても短い作品なのであらすじは控えるが、ぼくは次の一文が心に突き刺さった。

「若い」ということは哀しい。なぜならそれは、さ中にあっては気づかず、失って初めてそれと知る性質のものだからだ。

その筆致は、存在したかもしれない、誰かの「あの頃」を幻視してしまうほどに、鮮やかだ。

この作品の魅力

すでに述べたが、下らないものから思わず胸にくるもの、切羽詰まった、鬼気迫ったような迫力のあるもの、様々な小説が詰まっている点だ。どれも、短いのにそれぞれの世界を形作っていて、らもワールドに取り込まれてしまう。

気に入った作品たち(ネタバレあり)

「黄色いセロファン」。小学生6年生の「ぼく」がぎょう虫検査を受けることを切っ掛けに、少しだけ性に触れる話だ。「好きなあの子にも肛門があるんだろうか」「いやないに違いない」などと考えたり、子供をつくる方法を知り、衝撃を受けつつも「もしそういうことをするのであれば、あの子としたい」と考えたり。誰にも経験のある、あの頃の色々な甘酸っぱい思い出。ただ、最後に「好きな子のぎょう虫になりたい」と落とすのは、氏の作品らしいところ。

「EIGHT ARMS TO HOLD YOU」 。ビートルズの未発表曲があった、という設定のお話。曲が書けなくなったロッカーが、ビートルズの未発表曲を手に入れて再びブレイクする。 しかし、この曲は「いわく」付きで、この曲に関わった人は「8」という数字に関わるような死に方ばかりしている……といった音楽×ホラーの融合作品。どこか淡々とした文章で進むうえに、背景描写が精緻で、「本当にあったのかもしれない」という感覚に陥らせてくれる。

「寝ずの番」 。かつて読書狂の友人に「らもを読んだこと無い?これだけは読んでおけ」と読まされた作品。落語のお師匠様が亡くなったことで、弟子達がその師匠の破天荒な思い出話を酒の肴に通夜の寝ずの番をする。お師匠様の破天荒ぶりが、芸能界でありそうなエピソードであるのがまた憎い。落語をテーマにしているため、軽快な文体でいちいち笑わせにくる。この作品は、電車の中で読んではいけない作品だ。

さいごに

どれもこれも魅力的な作品で、こんな色々な作風を一冊で楽しめるというのは贅沢だと感じる。

本屋で見かけたとき、何故だか呼ばれたような気がして立ち止まって手に取ったこの本。ぼくは、少し気が塞いでいたときにこの本に出会えて良かったな、と思う。

なんだか疲れてしまったとき、取り出して元気を分けて貰える、そんなこの作品集は、とても貴重だとぼくは思う。

中島らも短篇小説コレクション: 美しい手 (ちくま文庫)

中島らも短篇小説コレクション: 美しい手 (ちくま文庫)