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立て直せ、人生。

人生行き当たりばったりなアラサーが、無事にアラフィフになれるように頑張らないブログ

「自分らしい」文章で、職場に垢バレした話

じぶんのこと

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「自分らしい文章」というものが書けないという悩みがあるという記事を見かけた。

yamayoshi.hatenablog.com

ぼくは、自分らしさにあまり囚われすぎる必要はないのではないか、と思う。知らぬうちに出てしまっているし、なかなか引っ込めることは難しい類のものだからだ。

ちなみに、ぼくは自分の文体や資料から漂ってしまう「におい」で、友人に増田(anonymous diary)エントリがばれたり、職場で垢バレしたりした。だから、頑張って「ぼくらしさ」を消そうと試行錯誤してみたが無理だった。

友人に増田バレ

増田に書いたことは、これまで2度ほどしかない。はてなで祭りになっていたことを揶揄した創作小説、私生活で精神的に堪えていて悩んでいたこと。

しかし、友人は目ざとく、ぼくのエントリを見つけてメールを送ってきた。「これ、お前のエントリ?」。恐怖した。たった3ブクマ付くか付かないかの増田のエントリを、普段あまりはてなを使っていない友人が、見つけ出したのだ。

「夜暇だったから、ネットサーフィンしてたらたまたま見つけた」

っていう言葉のどこまでが本当のことなのか分からないけれど、いわゆる肩越しに画面を見てハックするショルダーハック*1をしているわけでもなさそうだった。

「っていうか、お前の文章、身近な人がいれば一発で分かるよ」

と言われたけれど、そのときは半信半疑でいた。内容を読めば、私生活の話が幾つか書いてあったので、それで特定できただけだろうとタカを括っていた。

職場の先輩にプレゼン資料からTwitter垢バレ

エンジニアとして働いているので、時々勉強会に顔を出す。一度だけ、発表者を頼まれて40分か50分か、プレゼン資料を作って発表したことがあった。その資料は、後ほどネットで公開ひ、評判は上々だった。

が、どうやらこれが原因で、職場の先輩らにTwitterアカウントがバレたらしい。

「ちょうず君の資料、見て一発で分かった」

言葉遣いとか資料の運びとかで、すぐに気づいたらしい。職場では資料にパワーポイントを使うことが多いので、それと比較して、とのことだった。

ぼくはそれが疑問であった。職場用のパワポ資料はアニメーションなど排し、白黒印刷を前提としたモノクロ基調の資料。情報量は一枚に詰め込んでいる。一方で、ネットにアップロードした資料はMacのKeynoteというプレゼンソフトで作った資料。カラフルで差分やアニメーションを多用した、枚数の多いプレゼン資料。似ても似つかない仕上がりだと思っていた。

「お前の資料、めっちゃ特徴的だからな、職場の資料も癖ある」

って言ったのは、職場が同じで、昔からぼくのアカウントを知っている友人。仕事メールも言い回しが独特だ、と。

自分が知らないだけで、実はとても特徴的なのかもしれない

ぼくは仕事用の文体と、こういうネット用の文体は使い分けている……つもりだった。前者は特に特徴がない、一般的で事務的なメールの つもり だ。

そうじゃなかった。職場で日々流れるメールを読んでいても、差出人を見るまでもなく「○○さんだな」って分かることは多いし、署名がない資料をみても「××さんの資料だな」って分かったりする。 それは、自分自身が気づいていなくてもそうなっているのだ。

「自分らしさ」はきっと、周囲を介してしか知ることができない。自分のことを客観視できないのは皆さん承知のとおり。それは文章にも言える。だから、何が自分らしいかどうか?を知るためには、たくさん書いて周りの反応を通して見るしか無い。そもそも「自分らしさ」を知る必要なんて無いのかもしれない。

もし、今自分の書いたもので違和感を覚えるのだとしたら、自分の認識と実際の自分との間に乖離があるのだろう。過去の自分の文章を読んで違和感を覚えるのだとしたら、過去の自分と今の自分とに違いが生まれてきている証拠だろう。それは、自分の知らなかった自分との出会いだ。

文章を書くことで、自分の知らない自分を見つけてゆく、それが「書くこと」の魅力なのだと思う。無論、垢バレだとかは、怖いのだけれど。

*1:セキュリティ用語でもよく使われる、れっきとしたハッキング技術の一つ。原始的だからこそ効果・効率的