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立て直せ、人生。

人生行き当たりばったりなアラサーが、無事にアラフィフになれるように頑張らないブログ

学歴なくたって生きてりゃ勝ちだ。病んだぼくの大学院時代の思い出。

じぶんのこと 世の中のこと 考えること

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学歴がない人が学歴社会を否定してるとモヤモヤしてしまう。小中学生の時何してたの? - イケメン息子とぐうたら猫の成長見守りブログ

こちらのエントリを読んで。

学歴生きていれば勝ちだ。ついでに社会に出て独り立ちして飯を食っていられれば優勝だ。

ぼくは、大学院を修士で出て、人生からドロップアウトしそうになった。 でも、今現在生きているし、社会で食っていけている。だから、自分は勝ち組かつ優勝だと思っている。

大学院に進んだ。今から6年前のことだ。ぼくの通った学科はほとんどの人が進学するようで、ぼくも何も考えず、自然、進学を決意した。

失敗をした。

ぼくは一年の院浪ののちに進学したが、先にストレートで入った人たちは次々と闇に呑まれ病んでいった。 就活、講義、修論、かいがいはっぴょう、ロンブンシ……。

優秀な人もそうでない人も、大なり小なり追い詰められ疲弊し、そして病んでいった。褒められた学生ではなかったぼくですらそうだった。ある朝、ぼくが気がかりな夢から目覚めたとき、世界から色が失われているのに気づいた。 その日、友人に運び込まれた先の精神科の医者は言った。「あちゃあ、鬱になっちゃったかぁ」*1

三月、まだ肌寒く春と言うには早すぎる頃。院生一年目が終わり、就活が終えたと同時に精神を病んだ。躁鬱か抑鬱なのかは、きちんと聞いたことがないからよくわからない。その後、半年ほど大学をお休みするがその間の記憶は曖昧で、靄がかかったかのように思い出せない。

文系と理系

病んでいる間、大学近くの、OBが営むバーに少々通っていた。部屋で一人いると気分がふさぎ込んだし、お酒を飲みながら誰かと喋ると、気分が晴れたからだ。

そんなある日、「お前、理工系だろ」と絡まれたことがある。相手は文系。聞くと、文系だと年間の研究室で使える予算が50万ほどしかなく、研究に使える資材も買えないという。

「理工系はいいじゃないか、パソコンも支給してもらえるし、エアコンもあるんだろ?研究のための交通費も自腹だし、有志の集まりという名の強制徴集だよ」

統計処理でRを使った処理をしたり、書類仕事を自動でこなすための画像認識の処理を実装したり、理工系も驚くくらいの情報処理に長けた人間だった。「雑務に押しつぶされるから、効率突き詰めないと終わらないだろ?」さも当然、といったそいつの横顔を、ぼくは直視できなかった。ひどい研究環境だと嘆きながら、それでも自分の研究分野にプライドを持ち、研究を進めている。

そんな情熱がない奴が大学院に進んでよかったのだろうか。 自分のことが恥ずかしくなり、ぼくは静かに彼の話に耳を傾けるだけだった。

生きて出れば勝ち

しばらく休養をとり大学に通えるようになったころ、院生2年目となり卒業まであと半年を切っていた。皆が皆、社会への不安と研究への不安とで押しつぶされそうになっていた。そんなぼくらは、夜な夜な集まった。冬の夜、研究棟の一階。偶然か必然か、誰もが精神科のお世話になっていたし、死んだ魚の眼をしていた。

缶コーヒーで凍える手を温め、白い息を吐き、ぼおっとする。そしてくだらない会話をした。 ぼくたちにとっては、会話の内容がどうであろうと、それが何よりも大切な時間で、生きていることの再確認をするための時間だった。

「あいつ最近見ないけど、生きてる?」

「……ううん。死んだよ。先日葬儀行ってきた」

「そう、さみしいね」

そんなニュースも、誰かと一緒に聞けば、冷静なフリをできたりもした。みんな、病んでいた。なんとか踏みとどまろうとしていた。

「こんなところ、生きてでりゃ勝ちだ」

誰かがぼそりそう言った。

幸せについて

「幸せについて本気出して考えてみた」って曲がある。ポルノグラフィティの名曲だ。リリース当時は「ポップな曲調な割りに、歌詞が後ろ向きで辛気臭いな」だなんて思ってしまったのだけれど、今聞くとわかる。その歌詞の重みと、ポップな曲調にせざるをえなかった事実が。

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誰だってそれなりに人生を頑張ってる 時々は「それなり」さえも褒めて欲しい

子供の頃見ていた当たり前の壁は高く、「それなり」は「かなりハード」だということに気づく。

半分の人はレールから降りているし、野原ひろしは給料の平均を見ると上位5%の勝ち組だ - 立て直せ、人生。

当たり前だと思っていたことが、自分にクリアできないとき、原因追及をする。しかし、それが精神に負荷をかけ、健やかに生きることの弊害になっているのではないだろうか?

なぜぼくは幸せでないんだろう。幸せの定義はなんだろう?何をすれば幸せなんだろう?結婚すれば幸せなんだろうか?でも周りの大人たちは独身時代が一番だなんていうよ?幸せってなんだろう?

「幸せについて本気出して考えたら、病むぞ」

そんな友人の言葉に、ぼくはすんでのところで現実に引き戻される。でもどうしたらいいんだろう?それについて考えることそのものが危ないだなんて。

だから、そんな危険なシアワセってものを得ている人たちが、心の底から羨ましく思う。

さいごに、幸せと学歴

いま、ぼくの周りには東大院卒から高校卒まで様々なバックグラウンドの人がいる。どの人も魅力的で、話を聞くと大変楽しい。

確かに、学歴の高い人たちの方が所得も高いようであることは感じる。しかし、幸せそうか?という観点で見ると、学歴に相関があるようには思えない*2。お金があると幸せな生活が送りやすいが、それが必須要件ではないのだ。

学歴ってのは単に幸せになるための一つのカードなだけだ。あれば便利だが、幸せになるための必須要件ではない。深く考えずに院に進んでしまい、結果人生の足かせになったり人生から退場してしまう……そんなことが起きてしまうのは悲しい。

さいごに、先に紹介したポルノグラフィティの曲の一節から、引用したいと思う。

僕は幸せに対して失礼だったみたい もう一度丁寧に感じて、拾って集めてみよう

生きて、健康で、働いてて、土日に友人と映画を観て、酒を飲んで、騒ぐ……。もしかしたら、ぼくだってすでに、十分過ぎるほど「幸せ」なのかもしれない。

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*1:当時、睡眠障害を患っており、精神科そのものにはお世話になっていた

*2:逆相関があるのでは?と感じることはままある