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立て直せ、人生。

人生行き当たりばったりなアラサーが、無事にアラフィフになれるように頑張らないブログ

センター試験の日にデモをする人たちの気が知れない

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ここしばらくで大変腹が立っていることがある。それは、1/14(土)にある、安倍政権へのデモだ。この日はセンター試験の日でもある。

安倍氏が嫌いと叫ぶのはは勝手にすればよろしい。しかし、1/14(土)のセンター試験の日にかぶせて都内でデモするというのは、あまりにも配慮がなさすぎる。

若者の人生狂わせるかもしれない行為に、平気で加担できる人間の意見を誰が聞くというのだろうか。

「これだからデモをやるような人間は」

と、逆効果になるのではないか。少なくとも、ぼく自身はそのように感じている。

なんでわざわざセンター試験の日に

たとえ、合法で認められた活動だとして、ぼくはこのように配慮のない活動に対しては嫌悪感を抱く。

様々考慮した上でセンター試験に問題ないように最大限配慮されていたとしよう。しかし、センター試験の日にわざわざぶつけてくる合理的な理由が見つからないからだ。

ぼくの感じたこと

センター試験の日は、毎年雪が降りやすく、交通機関の混乱を招く。たとえ、開催場所やコースがセンター試験から遠くても、そこへの移動する人たちは何を使うのだろうか。混雑しがちな都内の公共交通機関、不案内な土地へと向かう受験生たち。そんな彼らの邪魔になることは大いに考えられる。

また、コース上になかったとして、この手のイベントの大好きな「極まった」方々*1が集まった場合はどうか。主催者の意図に反して受験生たちに迷惑がかかるような行為をやらかしはしないだろうか。

デモというくらいなのだから、たくさんの人間が集まって盛り上がって欲しいのだろう。しかし、デモとして盛り上がれば盛り上がるほど、受験生たちに迷惑がかかる確率はあがる。

デモなんていうのは、どんな日取りでやってもいいはずだ。わざわざセンター試験の日にこれらを開催する理由はなんだろうか。年寄りどもが、人生の大事な節目の若者たちの邪魔をしようとしているようにしか思えない。

デモ肯定サイドの意見

さて、デモに対して肯定的な意見についても取り上げてみる。

主催者側は、「コース上に会場は無い」としている。保護者の皆さまもご安心を、とのことだ

この文言は、公式サイトにもかかれている。 しかし、これでどうして安心できるだろうか。

そんな感想を持っていたところで、次のようなnoteを見かけた。一番不安に思われる、騒音問題を中心として「センター試験の妨害にはならない」と結論づけている。これは、大変良くまとまっており、理屈の通った素晴らしいまとめである。

「センター試験の日にデモやるとかマジ騒音」は本当なのだろうか?|Shinta Yabe|note

しかしながら、やはりぼくはセンター試験の日にデモを実施することに納得がいかない。

センター試験に対して、リスク要因を作ることに合理的な理由が見当たらないからだ。リスクがいくら小さかったとしても、なぜわざわざ若者の人生を左右するセンター試験に実施するのか。リターンのない無駄なリスクを背負わされるのは、なんの関係もない学生たちである。

デモサイドのデメリット

デモを行う側に立ってみても、センター試験の日に行うことはデメリットが感じられる。

それは、センター試験を重視する人間、受験生や、その歳に近い若者の反感だ。賛同者を得るための活動であるならば、なるべく広い世代多くの人間の同意を得たいはずだのに、無駄な悪手のように映ってしまう。

日付をずらすだけで、デモに対する批判がずいぶん減るはずなのに、このリスク管理の甘さはなんだろうか。

若者がいない?

デモなどの活動に参加する人間は、年長者が多いように感じる。

このニュースは、 2015年に安保関連のデモが盛り上がった際の調査ではあるが、この結果を眺めてみても、年齢層の高い世代に デモ参加者は偏っているようである。

かつてはこの手の運動の中心だった、大学生たち。しかし、現代の若者は学費を稼ぐためのアルバイトなどで忙しいのだろう。 1960から70年代、学生運動が盛んだった時期から比べ、学費は現在の物価に換算しても7倍以上には値上がっている。

70年近くに渡る大学授業料の推移をグラフ化してみる(2016年)(最新) - ガベージニュース

そんな彼らには、デモに参加するような余裕などないのだろう。 だから、「センター試験があるからやめようよ」という声が通りづらいのではなかろうか?そんなことを危惧する。

さいごに

今回割りを食うのは、ただでさえ虐げられている、しかしこの国の先を担う若者たちだ。 人口割合で見ても、少数で、社会的な立場が弱い。そんな彼らをぞんざいに扱えば、いつしか弾劾する立場から、弾劾される立場へとひっくり返る日が来たって、おかしくはない。

相手を批判するときこそ、自分の襟を正し、合理的でクレバーな行動を採って欲しいとぼくは思う。そうでなければ、主義主張の内容に共感を覚えたとしても、それを推進する人たちに賛同なんかできやしないじゃないか。

関連エントリ

*1:「おっすおらごくう!」