ついに完結した傷物語劇場版。 1年かけて完結されたこの作品、一言で表すと、 すさまじい作品 だった。
ゆっくりと、しかし大きく広げられた物語が、うねり、暴れ、そして収束する。 極端なまでに「静」と「動」が色づけられたこの作品。
三作目となる冷血篇は、その集大成と言える作品だった。 一作目、二作目と進化を遂げていたこの作品だが、三作目は一段飛ばし完成度が高まっていた。
静かに生きているように見えている人物だって、その中に確固とした信念、 想いを抱いている……
それぞれの人々の生き様と信念と深淵を描いたこの作品は、この三部作で幕を閉じた。 しかし、恐ろしいのは、この三部作は始まりの物語に過ぎない点である。 日常が裏返ってしまった阿良々木の物語は、ここから 始まり なのだ。
作画と演出は、アニメ演出の行き着く先
作画は超絶クラス
日本を代表するスーパーアニメーターたちが参加。 吉成鋼氏、吉成曜氏(リトルウィッチアカデミアの監督)、梅津氏(「MEZZO」や 「A KITE」の監督)などの名前が印象に残る。
アクションシーンは、ヴァンパイアの能力により、首がぽんぽこ撥ねて生えてまた撥ねられて…… のシュールな絵面だけれども、広いサッカー場を利用した、完全な暴走作画(褒め言葉)。 ぐえーっとなりそうな、グロテスクなシーンがハイスピードで駆け巡る、ジェットコースターのような映像。
途中、粗い線になったりなどの作画的な遊び心もある。荒々しい戦いを、あの手この手で表現する 作画、そしてその演出手法は他の作品にはみられない魅力だ。
一作目、二作目でも見所であったアクションシーンは、圧倒的に強烈に、凶暴になってぼくたちの前に 現れたのだ。
撮影もずば抜けている
押井っぽい。過去の作品の感想でも書いたのだが、やはりそう感じる。 その理由の一つに、撮影の異常なまでの丁寧さがあると考える。
渡辺明夫*1 氏の、漫画っぽく可愛らしくも肉感的なキャラクターデザイン。 それと対照的に、無機質な作りものじみた世界。
まるでそれは書き割りの前で人間たちが演技をする、演劇のようである。
通常、それではキャラクターと背景が溶け込まないのであるが、 この作品の驚くべき点は、色づかいやエフェクトなどの撮影処理によって この二つをマッチさせてしまっている点だ。
キャラクターの動きのないシーンでも、時間の流れを示すように、 空中に舞うほこりがキラキラと光を反射させながら舞っていたり……。
現実感があるのか、現実感がないのか。 そんな不安定な心地で、ぼくらは日常を踏み外した、怪異の物語を目撃する体験を得るのだ。 それは、格別である。
なお、押井監督も、かつて映画制作で「間を作るときには動かすな、止めろ。でも完全は止めるな」と 無茶ぶりをしたそうだ*2。そして、その答えはタバコの煙の動きにあったように思う。
本作品においても、ダレ場はやはり重要視されているように思う。 しかし、ダレ場があっても退屈しないよう、一作目、二作目以上に工夫が凝らされており、 観ていて心地良いのだ。
ストーリーについて
ストーリーは大変シンプル。 キャラクター同士の掛け合いが中心だが、大変コミカル。 飽きさせないそのやりとりの中から、人生観や生き様が透けて見える。
しかし、羽川との絡みが少々くどいのは少々残念であった。 化物語シリーズだから、と言い切ってしまえばそれだけかもしれない。
ただ、この物語は「キスショットと阿良々木」の物語なのである。 もっとキスショットとの関係に踏み込み、信頼関係を築くシーンが欲しかった。
キスショットの立場から、阿良々木に入れ込む理由は分かる。 しかし、阿良々木がキスショットに入れ込む理由というのが、イマイチ説得力に欠けていた。
可愛らしいキスショットとのやりとりを経て、 異形であり恐るべき存在という認識を忘れ、 キスショットを「守るべき相手」「仲間」として認識していた阿良々木暦。
そんな相手であったからこそ、 阿良々木は人を喰らったキスショットにショックを受けたのだろう。 自分の認識が甘く、都合良く解釈していたことを一瞬にして悟ったのだろう。
阿良々木とキスショットとのやりとりが、もっと丁寧に描写され時間が割かれていたならば、 このシーンがより絶望的になり、より映えたのではなかろうか。 阿良々木が、キスショットを殺す、その覚悟の悲壮さがより際だったのではないだろうか。
この点だけが、残念である。
さいごに
不協和音を生まないのか? そう、不思議になるような要素ばかりが詰め込まれ、この作品は成り立っている。 そして、それが「傷物語」の味になっているのだ。
この感覚は、他の作品では味わえない危うさだ。
無論、万人に受ける作品ではない。 しかし、この作品は一度観れば忘れることができず、どうしてか、その映画の世界に浸っていたくなる。 そういう映画を、名作と呼ぶのだと思う。
「ごめんな、キスショット」「僕はお前を、助けない」
信念同士のぶつかり合いは、観ているものを虜にするのである。