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【ネタバレあり】ハリウッド版「ゴースト・イン・ザ・シェル」は楽しめたが、もったいない作品

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攻殻機動隊のハリウッド版について、一言で言うと「壮大なファン作品」という感じである。 はっきりいって全く期待せずに観に行ったのだが、思いのほか楽しんで帰れたぼくがいた。

押井版やSACの、衒学的ともいえる情報過多なものを期待して行くと、少々肩透かしなのは確かだ。香港、日本、アメリカを混ぜ込んだ謎の街の描写が、ブレードランナーを上回るネタっぽさで、いちいち吹き出しそうになる点も残念ではある。謎の巨大立体映像広告、謎日本語、70年代のSF映画かい、みたいな。

押井守も言う通り、哲学の塊みたいだった押井版よりも、哲学的にも後退している。

それでも、身体を失って記憶を失って、そんな存在の自分とはなんだろうか?という題を見事描いている。色々引っかかるところはあり、手ばなしで褒められる作品ではないけれも、小難しい攻殻を、ハリウッド的エンターテイメントまで押し上げているこの作品は、一度観て損はないと思う。

また違った一つの「攻殻」なんだと思える作品だから。

以下はネタバレ全開の批評です

残念だった点

では何が残念だったのか、具体的に振り返っていってみたいと思う。

少佐の設定のちがい

ハリウッド版が少々ちぐはぐと感じてしまったのは、少佐の設定である。

押井版は、物心つく前から電脳化していた少佐は、天才的な義体/電脳使いに育つ。一方、ハリウッド版は大人になってからの電脳化、義体化。本作でも義体を使いこなし、電脳ダイブなどもしている描写はあるが、そこの説得力が少なく感じてしまう。

ビートたけしが美味しいところ持ってく

ビートたけし、いい演技してるんすよ。

PVでちらっとみただけだと、ギャグみたいな絵面にみえる。たけど、独特な雰囲気の世界観のなかでは、ちゃんと存在感のあるキャラとなる。

……逆に、存在感ありすぎるんすよ。

車乗り込んだところを銃撃されても、カバンで防いで返り討ちにしてるし、作品の最後で悪役の社長と対峙して撃ち殺すシーンもかっこいい*1

でも、それ一番美味しいところ持っていってません?少佐が主人公じゃなくて、まるでたけしが主人公のヤクザ映画みたいじゃない? そんな言葉がついて出る。

街の描写と日本文化の描写

冒頭でも書いたけど、街の描写がギャグかいなって感じである。

巨大芸者やなんやらが空中投影され、広告塔となっている。 様々な文化が混ざって同居している様子を、それこそ押井版のような街を描こうとしているが、結果としてブレードランナーを思い出す、ヘンテコ映像がスクリーンに大写しになる。

吹くわ。

大変もったいないのは、基本的に街の描写はクオリティが高い点だ。香港やアメリカでロケをしていたようだが、様々な文化が渾然一体になった様子は、説得力がある。

街を遠影で写さなければ。

押井版のオマージュはたくさんあって、水たまりでの戦闘シーンなどは、本当にものすごい再現度である。しかし遠くに映る街並みがギャグっぽい。

ごみごみした街中を走り抜けたり、高速を走り抜けたりするシーンは本当にかっこいい。

でも次のシーンでギャグっぽい街並みが遠影で映る。

SACオマージュで芸者ロボットを出してみたら浮いてるとか、日本風の部屋がヘンテコだったりとかは百歩譲ろう。だっていろんな文化が混ざってるんでしょ。

でも、絵面的にギャグのように見えてしまう映像は、やっぱりちょっと勘弁してほしいのだ。

クゼの設定の強引さ

今作の前半では、敵として描かれていた存在、クゼ。

クゼは明らかに、押井版の人形使いの影響を受けている。

作品の終盤、壊れた義体二つが横並ぶ。クゼは「ネットワーク」を作った、向こう側へいかないかと少佐を誘う。押井版では行ってしまった少佐であるが、本作では行かなかった。この対比は、原作をリスペクトし、それでも違う作品なんだと印象付けるシーンとして、本当に素晴らしいものだった。

しかし、ここでどうしても引っかかる点があった。なぜ、クゼはそんなネットワークを組めるような存在に至れたのか。

押井版の人形使いは、自我を持つプログラム、凄腕ハッカーというのも頷ける。そんな存在だからこそ、幼い頃から電脳化された天才義体使いの素子とともに、ネットの向こう側へと至る説得力があった。

しかし、今作では、少佐もクゼも出自が普通の人間である。そんな存在が、なぜ「ネットワーク」を作れたのだろうか。そこに、説得力はない。

少佐が正義に燃える理由

クゼにネットの向こうに行かないか、と言われて、私は残る、と返した少佐。 正義に燃えて、9課として活動を続ける道を選ぶ、その気持ちの背景が、正直よくわからない。

人体実験じみたことをされて、この世を恨むながれならわかるけど、その逆だ。なんでそれでも世界を守る側になろうとしているのか。

もともと、自分の信念に基づき活動家になっていたくらいなのだから、正義感は強いのだろうけど、ここのあたりの説得力がもう少し欲しかった。

よくみかける批判について

キャラの違い

人物たちの「キャラ」が違う、という批判をいくつか見かけた。しかし、個人的には違和感は感じなかった。

たとえば、ARISEだってキャラの性格は全然違うものであった。原作は同じだけど、パラレルワールドという扱いがなされるのであれば、キャラが少々違ってもいいだろう。原作と押井版だって全然ノリは違うのだし。

ただ、強いていうならば、少佐が「普通の人間のように」悩む存在になってたのは残念だったかもしれない。でも、押井版のように、少佐が達観した、天才クラスの電脳使いになるには、物心つく前から電脳化されていないといけない。

今回、ハリウッド版のテーマ、身体と記憶と自己を描くには、大人になってからの電脳化でなければならなかった。過去の記憶との断絶を描く必要があるから。この点は、仕方ないかなぁと感じる。

少佐が白人

これは、海外の批判だとは思うんだけど、少佐演じるヨハスカは名演技だったと思う。

機械的に整ったその美しさは少佐らしくてぴったりだった。もともと、押井版でも少佐は日本人的ではない容姿だったし、そもそも義体である。白人でも設定上問題ないだろう。

さいごに

色々不満に感じる……というか、もったいなく感じる作品であった。良いところはたくさんあるのに、どうにも擁護しきれないポイントがある。

それでも、丁寧に愛を込めて作られた作品であるのは伝わってくる。

個人的には、これまで少佐にフラれ続けていたバトーが、ついに少佐といい感じになれた作品として涙なしには観られなかった。

できのいい作品とは言えない。けれど、それでもぼくは、この作品がもう少しみんなに観てもらえると嬉しいなぁって、そんな風に思うんだ。

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*1:いや殺すんかい!ええんかい!とは思ったけど