立て直せ、人生。

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据わりの悪さ、後味の悪さがよい「居心地の悪い部屋」

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タイトルは褒めてます。

岸本佐知子氏の編訳ということで、手に取ったこの作品。どんな作品かしら?と粗筋を説明しようったってそうはいかない、ストーリーなんてないものばかり。読み終えたあとの「居心地の悪い感」を追求したアンソロジーだからだ。

居心地の悪い部屋 (河出文庫 キ 4-1)

居心地の悪い部屋 (河出文庫 キ 4-1)

恐らく、これは珍味に類するものである。だから、好き嫌いが分かれるだろうけれども、なかなか他では味わえないものだ。

はじめにこの本で読者を迎える作品はこうだ。
二人の男が部屋にいる。片方は裸で、瞼が縫われている。どうやら、二人は知り合いで、同意の上で瞼を縫ったようだが、どういう経緯なのかどういう理由なのかはまったく明かされない。
瞼の裏側に通った糸が、眼球を傷つける描写、瞼の表面から血がにじみ出る描写。理由も分からない突然の暴力。
同意の上で瞼を縫っていただろう男が、突然、もう一人の男を騙して瞼の糸を切ったり、それが見つかって縫われたり。

情景の異様さでぐいぐいと読み進んでしまうが、ホラーとも違う薄気味悪さがただひたすらに漂い、読み終えたあとは「居心地の悪さ」を感じる。

(ブライアン・エヴンソン「ヘベはジャリを殺す」)

私が気に入った作品

アンナ・カヴァン「あざ」と、レイ・ヴクサヴィッチ「ささやき」が僕のお気に入りだ。この二つの作品には、多少のストーリーがある。

「あざ」は、優秀な女性の学生、けれど何故だか不幸にも一等賞を取り逃がすのである。それは、どこか不思議な力が働いているかのよう。
どうやら、彼女は奇妙な小さな「あざ」を持っていたのだが、その「あざ」にどうやら大きな不思議な秘密があるようだということを、大人になってから知ることになる。
筋としては単純であるが、彼女の描写、その「あざ」にまつわる秘密の周りのものものしさ、そういったものが、作品全体に影を落とし、それがとても居心地を悪くしてくれる。

「ささやき」は、寝ているときのイビキがうるさい、と彼女に言われたことから始まる。テープに録音をして確認してみると、イビキではなく、自分以外の、知らない人物のささやき声が録音されており——
日常の中でありがちな話から、突然ずるりとズレた世界に飛ばされたような、そういう不気味さがある。ホラーに近い作品であるが、他の作品と比べてまとまりが良く、この短篇であれば「珍味好き」ではない人にも楽しんでもらえるのではないかな、と思う。

最後に

岸本氏が編んだ作品は、「変愛小説集」くらいなのだが、こちらも素晴らしく「珍味」であった。
木を好きになった人間の話、皮膚が宇宙服になって飛んでゆく病気になった恋人を追いかけるおはなし、好きな男を丸飲みにして奇妙な同棲生活をするおはなし——
まともではない翻訳家・アンソロジストというイメージが、一冊読んだだけで、覚えが悪いはずの僕の頭に刻み込まれた。

起承転結がカチッとして、盛り上がりのあるエンターテイメント作品や、人生を掘り下げる純文学もよい。しかし、こういう「裡に溜め込んだ澱を吐き出した」ような、アブノーマルと後ろ指を指されそうな作品が読めるというのは、とても幸せなことだとおもう。

変愛小説集 (講談社文庫)

変愛小説集 (講談社文庫)