きみは「ワイン鍋」を知っているか?
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鍋。それは冬、皆で集まってワイワイと嗜むもの。
ワイン。それは夜、優雅に飲むもの。
それを組み合わせたら最高の食べ物になる、そう僕らは信じた。
ワイン鍋をやろうと、先輩は言った。
「あれは最高なんだ。何が最高かって、ワインってアルコール入ってるじゃん。煮るじゃん?部屋中にアルコール充満するじゃん。酔う」
たぶんそれは、素晴らしいことだ。
「ただ、部屋がワインくさくなるんだよね」
「じゃあ、俺の部屋でやろう。広いし」
一人の、東京住まいのブルジョワが言った。そうして、開催が決まった。
たいへんに高給取りである僕らは、高級スーパー肉のハナマサでワインと肉を仕入れ、部屋に集う。そして、できるサラリーマンの手本が如く、手早く鍋をセットアップする。無論、材料のカットも並行だ。そして、鍋になみなみとワインを注ぎ、あとは作るだけだ。
「で、どうやってつくるの?」
刹那静まり返ったのち、めいめいスマートフォンを取り出して調べ始める。
Done is better than perfect. ザッカーバーグも言った。完璧よりもやり遂げることだ。完璧目指して身動き取れなくなるよりも、見切り発車で進める方が手っ取り早いのだ。
「こうつくるんだ」
「違うだろ、先に出汁を取る」
「コンソメでええやん」
「ブイヤベースある?」
「ねぇよ、ワイン鍋のレシピだぞふざけてんのか」
「ほら書いてある」
「マジかよ」
それぞれが違うレシピを眺めていて、それぞれが違う方向に導こうとする。船頭多くてなんとやら。ワイン鍋プロジェクトは設計工程にて混迷を極めた。
しかし、優秀なエンジニアが集うこの鍋パーティー。炎上プロジェクトの火消しはお手の物だ。白菜をそれっぽく突っ込んで、とりあえずトマト缶を鍋に注いでみる。鶏がらスープの素を放り込む。見た目はノーマル。オーケー。僕らのプロジェクトは回りだした。
しばらく日本酒やビールを楽しんでいると、しゅんしゅんとなべが湯気を立てる。そろそろ頃合いだろう、と鍋の蓋をとる。
呼吸を止めて1秒あなた、真剣な顔したから。
静寂が部屋を満たす。ロンリネスが溢れ出す。
一人が、囁くように言った。
「食欲無くなってきた」
それでも、僕らは立ち止まらない。取り皿によそい、箸をつける。静かに咀嚼音が響く。
「にくは、柔らかいね」「さすがアルコールだ」「にくはくえる」
どどめ色で味のしない鍋。誰も体験のしたことのない世界。
「リカバリー計画を立てよう」
僕らはワイン鍋を、諦めない。材料に濃いめに下味をつけ、野菜は火の通りやすいものを入れればよい。そうと決まれば話は早い。僕らは立ち上がった。
「うっ」「くっさ」
部屋の上の方には、アルコールが充満していた。
そうして仕切り直した鍋は、やはり見た目は醜悪で、まるで連休明けの平日みたいな顔をしていた。
「あれ、でも美味しい」「味がする」
そんな最悪の平日だって、工夫をすればもしかしたら、楽しく味わえるのかもしれない。下味をつけるとか、自分に合う仕事に転職するとか、努力を正しい方向に向ければきっと成功するのだ。
最後に、バケットを焼き、鍋にチーズを足して煮た。気づくと、見た目はシチューようにも見えなくもなかった。
パンをつけて食すと、シチューのような濃厚な味とチーズの風味が口に拡がり、端的に言って美味であった。僕らは夢中になってバケットを奪い合い、そして腹に納めた。
はじめがどんな風に失敗したって、はじめがどんなに無計画だって、真摯に向き合えばきっと何とかなるんだ。そんな気づきを得たワイン鍋まつりであった。
(画像は家主から送られた、翌日の雑炊。味はよいらしい)