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ノスタルジックなSFファンタジー。ジャックフィニィ「ゲイルズバーグの春を愛す」

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ノスタルジーというと現実逃避のためのものであるが、フィニィのノスタルジーはひと味違う。 むせかえるほどのノスタルジーに満ち満ちたこの短篇集は、現実逃避たるノスタルジーを全力で肯定し、同時に現実世界を強く批判する。

ゲイルズバーグの春を愛す (ハヤカワ文庫 FT 26)

ゲイルズバーグの春を愛す (ハヤカワ文庫 FT 26)

作品概要

圧倒的ノスタルジー

本作品は、ノスタルジックSF、あるいはファンタジーの短篇集だ。どちらともジャンル分けがしづらい、フィニィ独特のスタイル。 過去を徹底的に肯定することにより現代をつよく批判するという、フィニィらしさが溢れた作品は、一種危うい心地よさを感じさえする。

発表されたのは1960年代、作中で批判される「現代」はすでに60年近く前だ。作中で批判される現代は時間の流れに流され、既にノスタルジーの対象にすらなっている。

現代を批判するためのノスタルジーが色濃く出ているのが、表題作 「ゲイルズバーグの春を愛す」 だ。近代化してゆく街で起こる、奇妙な事件を描く。古く美しい街並みを近代化して壊してゆく“現代”に抵抗する、“過去”。地域開発を行おうとした資本家は、レールが取り払われて何十年にもなる市電に轢かれそうになる。また、自動車道路をつくるために並木を切り倒そうとしたものは、1900年の車にひき逃げされる、古い美しい家で起きた火事は、馬に引かれた消防車によって消火される……。

これらの圧倒的過去の肯定は、次の部分からも強く感じ取れる。

ゲイルズバーグの過去が現代を撃退しているのである。街が私たちに抵抗しているのだ。なぜなら、過去というものは、そんなにやすやすと消滅しはしないものだからで、昨日の新聞とともに簡単に消えてしまうものではないからだ。

ノスタルジックとSFと恋愛

ノスタルジーとSFと恋愛……というと、ロバート・F・ヤングの「たんぽぽ娘」が真っ先に思い浮かぶ。あるいは、少しノスタルジー成分は少ないが、ロバート・A・ハインライン「夏への扉」だろうか*1

たんぽぽ娘 (河出文庫)

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夏への扉[新訳版]

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ぼくが、これらの名作SF恋愛ものに、本短篇集に含まれている 「愛の手紙」 を加えたいと思う。 タイムトラベルものの書き手として有名なフィニィであるが、その手腕が遺憾なく発揮された最高傑作だ。 骨董品の机の中にあった隠し引き出しのなかに見つけた手紙が切っ掛けで、時を隔てた文通が始まる。不思議な力が彼らをいっとき彼ら繋ぐ、甘く切ないストーリー。30ページほどの短い作品であるが、読み終えたときには、しばらく放心してしまった。

さいごに

万年斜陽ジャンルのSFであるが、ぼくは好きだ。そして、特に叙情的な恋愛SFが好きだ。グレッグイーガンのように、ゴリゴリのハードSFもとても面白いのだが、今回紹介した作品たちのような「SF成分が味付け」な作品たちは、普段SFを読まない人たちを引き込む魔力を持っていると思う。

SFとノスタルジーという、一見不思議で食い合わせの悪そうな組み合わせであるけれど、とても良いコンビなんだと知ってもらいたい。是非、一度過去という亡霊に思いっきり取り憑かれて、ノスタルジーに浸って頂きたい。

関連エントリ

ロマンティック時間SF傑作選という、ずばりの短篇集。ここには、「台詞指導」というフィニィの短篇集が収められており、こちらも素晴らしい出来のノスタルジックなSF恋愛ものだ。

rebuild-life.hatenablog.jp

*1:「夏への扉」は、小尾芙佐氏翻訳の新訳版を推したい。福島氏の訳も落ち着いていていいのだが、小尾氏の訳は、リズミカルで心地よく、言葉選びも古くささがない