立て直せ、人生。

人生行き当たりばったりなアラサーが、無事にアラフィフになれるように頑張らないブログ

父は死に、三十路を超えてぼくは生き、そして母はWRXを買った

20代最後の年、父は死に、実家のローンが無くなり、そして祖母のボケは進行し、母はWRXを買ってぼくは三十路となった。

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30歳になって変わったこととはあまりない、と感じるが、書き出してみると意外と移ろっている。久々会う友人に、「老けたな」と心の底からの本音を伝えると、「お前こそ」と返される。

年末、父が死んだ。20代最後の年に、喪主を担った。詳細は、別の機会に譲ろう。ただ、弟は「今日がプロポーブ記念日の予定だったのに」とぼやきながらアクセルを踏み込み、ロータリーエンジンは軽やかに吹き抜けた。葬儀当日、母は泣き、ぼくら兄弟は憑き物が落ちたかのような顔をしていた。久々に見る母は、ぼくの知る母より小さく、そして老けていた。

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あの頃、ぼくらの夏休みは永遠だった。

夏が終わる、という言葉が、昔ほどその重みを喪ったのはいつ頃だろうか。

かつてのぼくらの夏は、ほとんど永遠だった。梅雨が明け気温が上がり、お天道さまが威力を誇らしげに示すようになる頃、ぼくたちは蒸されるような体育館に集まる。怪我をしないように、健康に気をつけるように、体の悪いところを治すように。校長先生の長くつまらない話を終え、教室に戻ると、いよいよだ。通信簿、夏休みの宿題、そして図画工作の作品……そういったものが配られ、ランドセルに、手提げ袋に、めいめい詰め込めるだけ詰め込んで、学校を飛び出す。そうして、夏休みがやってくる。

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天国の友人よ、久々に切れちまったぜ。屋上へ行こうぜ

人が本当に死ぬのは、その人のことが話題にすら上がらなくなることなのだとぼくは思う。彼が死んだという知らせを聞いたのは、ぼくが大学4年生の頃だったと思う。

ある日珍しく母から電話が入って、こうぼくに告げた。

「ゼンくん、亡くなったってほんと?」

久々に聞いた名前に、懐かしさを覚えると同時に、えも言われぬ後悔の念が押し寄せてきた。

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