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アジアンテイストで切ないSF短篇集「紙の動物園」(ケン・リュウ)で涙ぐむ

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ぼくは喫茶店でこの本を読んだけれど、心に突き刺さってしばらくその場を動けなかった。 万年斜陽ジャンルのSFだけれど、この「紙の動物園」は普段SFに触れていない人にも是非よんでほしい作品だ。乱暴なお勧め方をすると、「あなたの人生の物語」を書いたテッド・チャンを好きな人ならば、気に入ってくれると思う(チャンの作品に触発されたと明言されている作品もある)。

紙の動物園 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

この本は短篇集で、全体的にウエットでセンチメンタルな雰囲気が漂う物が多い。 時に幻想的で、時に風刺的。作者が中国出身ということもあり、アジアンテイストが加味されているものもあり、他の作家にはあまりない味わいが良い。 狐が人を化かす話から入ってみたり、月を目指す物語から入ってみたり。一人の同じ作者がここまで様々な作風で書くのか、と舌を巻く。

ほんの数十ページの短篇であるのに、その世界が立体的に立ち上がってきて、その世界で生活する人々の様子が手に取るように思い起こすことができる。そんな密度の高い作品たちばかりで、ページ数は少ないのにも関わらず、一編一編を読み終えるのが惜しくてたまらなかった。

ヒューゴ—賞、ネビュラ賞、そして世界幻想文学大賞*1をとった、ベストSF2015の海外編の1位の作品。伊達じゃない。

この作品の魅力

既に書いたが、この作品の魅力は、SFというのに懐かしい雰囲気をまとっている点だ。

作者は11歳で中国からアメリカに移民し、ハーヴァード大で英文学を専攻する。大学ではコンピュータサイエンスも学び、卒業後はマイクロソフトに入社、その後独立してプログラマとして活躍したのち、ロースクールに入学、弁護士となる。今はプログラマと弁護士で生計を立てているらしい。

なかなか面白い経歴を持つ作者が、その知見を遺憾なく発揮しているのが本作品だ。幾つか、ネタバレにならない程度に簡単に紹介しようと思う。

「紙の動物園」。母さんが折り紙を折ると、その折り紙が生き物のように動き出す。しかし、母さんは中国人で、英語がうまくない。周りからも向けられる偏見に対する怒りの矛先を、母に向けてしまう主人公。その二人を繋ぐ折り紙の動物。折り紙が動き出すという幻想的な設定であるのに、母と子のすれ違い、移民に対する偏見など、地に足のついた描かれ方で説得力を持って読む側に迫ってくる。

「愛のアルゴリズム」。簡単なアルゴリズムで、あたかも生きているかのように知性のあるかのように振る舞っている人形を開発した女性開発者。けれど、それって人間も同じなんじゃない……?そんな風な疑念に囚われてしまった主人公を据えた、ホラーテイストの作品。SFとホラー、ITとホラーという組み合わせはなかなかお目にかかれないので、これは貴重な作品だ*2

「どこかまったく別の場所でトナカイの大群が」。計算機上のバーチャル世界に人々が移住した後の世界のお話。主人公の母が、宇宙探査に45年後に出発するという。出発したら最後、母の精神は宇宙空間の計算機と共に朽ちてしまうのだ。最後の45年を娘と母が時を重ねる描写は、今のこの現代世界からはかけ離れた様子であるが、しかし、母の想い、家族の想いというのは普遍的で変わらず、ぼくの胸を締め付けた。

「良い狩りを」。訳者が「きつねうどんかと思ったら蒸しパンだった。蒸しパン喰ぅSF?」などとくだらないギャグを噛ます程度には意外な方向転換をしてくれる作品。始まりは中国の魔法がまだ残っていた時代のお話で、妖狐対峙のシーンからはじまり、スチームパンクに流れる。なんで妖狐の話からスチームパンクにスライドするんだよ!って思うでしょう。うん、読んで。……と書くと、下らない作品かな、と思われるかも知れないけれど、これも個人的にはなかなか心にくる作品だった。ロリババア*3や妖怪物、好きなんですよ……。

さいごに

SFといいつつ様々なジャンルが入り乱れて料理された、創作料理みたいな作品たち。しかし、そこを貫くのは変わらぬ人々の想い、社会の仕組み、人間の行動。SFの魅力とは、現実世界からズレた世界のなかで、人々がどう生きてどう社会が維持されるのか、という点であると考える。そして、その中に物語が生まれ、SFストーリーとして描き出される。

その点で、この作品たちはどれもそれを巧くやってのけている。どれも短い作品であるのに、一瞬で世界が立ち上がり、人々の生活が、想いが立ちこめる。

短篇SFでこのような叙情的な作品は少なく、瀬名秀明の短篇集「希望」、テッド・チャン「あなたの人生の物語」などが思い浮かぶ。これらの作品が気に入っている人には、是非本作「紙の動物園」を手にとって欲しい。

紙の動物園 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

紙の動物園 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

*1:どれもアメリカの賞。SFをテーマとしたヒューゴ—賞、ネビュラ賞、ファンタジーを対象とした世界幻想文学大賞で3大賞となる。世界幻想文学大賞は、ホラーやSFも視野に入っているらしい

*2:作風は全く違うのだが、SFとホラーというと、瀬名秀明の短篇「希望」を思い出す

*3:見た目は少女、齢は数百歳、みたいな存在